【 雑木林のパンやさん】 物語

雑木林のパンやさんは、火曜日と木曜日は14年間、土曜日のみは3年間営業していました。17年間、たくさんのお客様に来ていただき、2008年6月末に閉店しました。

8月17日映画『トロフィー』 8月19日『平和憲法を守るための緊急アクション』

  8月17日 お盆も終わり、月曜日は夫の透析の日。(送迎があります。)

 

 

金沢ミニシアター(シネモンド)から月刊シネマガイド 8月号が送られてきていて、

チェックしていた作品は、前回ブログに載せた『はだしのゲンはまだ怒っている』と

『トロフィー』

 

そんな時~ 

 7月28日のsmokyさんのブログ

 映画から映画 孫明雅監督『トロフィー』~浦山桐郎監督『キューポラのある街』~

 ヤン・ヨンヒ監督『かぞくのくに』

 を拝読し、 やっぱり観に行こう!と。

 観に行ける日を探っていました。

この日でした。

 

  パンフレット・・・(要約して)

本作を手がけたのは、是枝裕和監督や西川美和監督のもとで監督助手として経験を

積んできた孫明雅(そん・みょんあ)監督。自身も在日コリアン3世であり、朝鮮学校

に通っていた。

その経験や葛藤の記憶を出発点に、朝鮮学校に通う少女・ソヒの視点から、家族や友人

との関係、そして自らのルーツと向き合う日常を丁寧に美しく描き出している。

 

   簡単なあらすじと感想・・・

朝鮮学校に通い部活動の朝鮮舞踊に打ち込んでいる中学2年生のソヒ

ある日 日本の学校との交流会で 日本の少女、未来と出会い、KーPOPが好きという

共通点から急に親しくなっていく。

ライブチケット代を稼ぐために不用品を フリマサイトで売り始めた二人は、父親の

朝鮮学校の校長サンジュ(井浦新)が大切にしていた祖国からの「勲章」まで無断で

売ってしまう。

そんな少女が、葛藤しながら~外の世界とつながっていく少女の青春が描かれています。

民族的 アイデンティティは勲章に象徴されるものであるのか?

本当の意味でのルーツの大切さとは何かを 声高に主張しないが そんなことも

おぼろげながら感じる 映画でした。

それらは さりげない会話から感じたのですが~~

私の 先入観からの続きかもしれません。

印象に残ったシーンは、

中学生の少女たちが 朝鮮舞踊を練習している シーンが何度か映し出されたのですが・・・

少女たちの爽やかで 真剣な眼差しは、 みずみずしくて、ずーっと見ていたくなる

ような~ 映像でした。

そんな風に感じたのは、ソヒを演じた少女が爽やかで 清楚な 雰囲気を漂わせて

いたからだと~おもいます。

 

 

 

主催・PEACE KANAZAWA

   平和憲法を守りたいと支持する政党や会派を越えて集まった有志の会です。

 

8月19日 平和憲法を守るための 緊急アクション@ 金沢 駅西

19時半~20時半まで。

 

 

 近くに住んでいるので ちょっと早めに着き・・・

 写したこの一枚だけ使えそうです。

 

フリースピーチは、 進行役の女性が 広場を歩きながら 一人 一人に声をかけて

あちこちから マイクを手に思い思いのスピーチ。

今気になっていること~

不安になっていることを~

しゃべらずには おられない~という思いを 自分の言葉で語っているのが 

印象深かったです。

 

国会で 雪崩のように決まっていった法案は 今思い出せるだけでも危険な法案だらけ

時間が経つと 忘れてしまうのは・・・私だけでしょうか?

 

その日は ちょうど通販生活が 楽天への出店をとりやめたことに共感する言葉が~

若者から 語られました。

 

 

 

  先月から「一人一文字、憲法9条」が 完成して~お披露目もありました。

 

 

私は、近くに住んでいるので 毎月参加しているのですが~

いつの頃からか~~ それぞれの 思い思いのスピーチに拍手をする為に行っている

自分自身に 気づきました。

特に 若い方 学生さんには 一言でもいいからスピーチをしてほしいと思いながらの

拍手です。

喋ることにより 次につながるように思うからです。

回を重ねることにより 挨拶をして 若者と喋る機会があることは意味深いことです。

この日に集まった人は100人くらいだったそうです。

 

 

その日の 帰り際に

知り合った女子大生から 「弟に デモに参加していることを話すと」~

そんな怖いところに~ と言われたそうです。

今の現状を話したそうですが~~

皆さんは どう思われますか❓

 

【はだしのゲンは まだ怒っている】 昨日は【原爆の日】

8月4日 その(誕生)から〈現在〉を見つめるドキュメンタリー。を観てきました。

アメリカに真正面から怒り続ける

少年ゲンとは?

 

アメリカが広島に落した原子爆弾で被爆し、家族を失った少年ゲンが、貧困や偏見に

苦しみながらも力強く生き抜く姿を描いた漫画「はだしのゲン」。

 

主人公のモデルは6歳で原爆を体験した作者の中沢啓治さん自身です。

「週刊少年ジャンプ」での連載が始まった1973年から半世紀、25か国で翻訳出版さ

れ、2024年には漫画のアカデミー賞とも呼ばれるアメリカの「アイズナー賞」受賞

手塚治虫さんや宮崎駿さんらに続き、殿堂入りを果たしました。

 

しかし いっぽうで近年は、「描写が過激」 「間違った歴史認識を植え付ける」などと

学校図書館での閲覧制限を求める声が上がったり、

広島市の平和教材から消えるなどして、大きな議論を呼びました。

 

とは言え・・・

なぜ、いまなお一作の漫画がこれほどまでに私たちを熱くするのでしょう?

 

戦後80年を経ても消えることのない

    怒りと悲しみ、そして優しさ。

本作は 〈ドキュメンタリー〉最優秀賞などを受賞BS12スペシャル「『はだしのゲ

ン』の熱伝導~原爆漫画を伝える人々~」の映画化です。

 

監督は「春思い~初めての出稼ぎ~」 「われら百姓家族」 など数々の傑作ドキュメン

タリー番組を手がけてきた込山生徳。

込山監督を敬愛してやまない大島新と 前田亜紀が 共同プロデューサーとして参加

しました。

 

戦後 80年を迎えた今もウクライナや中東では戦火が続き、核の脅威はけっして

過去のものではありません。

 

映画は不朽の反戦漫画の誕生から現在を見つめ、私たちが生きているこの世界に溢れる

怒りや悲しみ、そして優しさを映し出していました。

 

             パンフレットの解説を要約し引用しました。

 

 

この映画の感想は・・・

 

戦争に反対するゲンの父や被爆者に対する人間の目 そして空気~。

差別の 醜さ 怖さは、今も・・・今はどうなんでしょうか?

 

証言者のお話は お一人 お一人が 体験と想いを丁寧に語って下さいました。

戦争ではなく 対話で解決をという あらゆる人のメッセージが強く 強く

織り込まれていました。

 

後半では 天皇の戦争責任への言及や 日本軍の加害行為に対する描写が含まれていました。

 

ミニシアターでの上映は 7日間で 10時半より上映だったのですが~

結構たくさんの方が見に来られていました。

いつもと違うのは、小学生のお子さんと一緒に見に来られている方が何組か

いたことです。

 

 ・・・ 追加します・・・

* smokyさんのブログ(かぶとむし日記) 2025・11・17

  『はだしのゲンはまだ怒っている』を見た のコメントに

  私は、「この映画は金沢のミニシアターでも観ることができそうです。きっと!!

     その時を待っています」

  と~コメント入力しながら~忘れていました。我ながら恥ずかしいです。

  

  smokyさんのブログには、この作品の感想は丁寧に書かれています。

  ぜひ 読んでほしいです。

  

 

 

昨日 8月6日は

米国による 原爆投下から 81年を迎えた。

 

 

広島市長は

【大国の横暴、平和揺るがす】

世界の為政者の皆さん。

自ら被爆地を訪れ、ヒロシマ・ナガサキの悲劇と真剣に向き合い、

被爆者の平和への思いを受け止めてください。

私たち市民社会は、為政者の皆さんが被爆地から核兵器廃絶への

決意を世界に発信し、そのための政策を実行することを心から

待ち望んでいます。

日本政府には、日本国憲法が掲げる崇高な理想を深く自覚し、

国際社会において

名誉ある地位を占めるための歩みを止めないでいただきたい。~~

 

        広島市長 平和宣言全文から 抜粋!!

 

昨年のブログ!

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映画【急に具合が悪くなる】メディカルオーケストラ  やまゆり園事件(2016・7・26)から10年

 


* 映画

  7月18日 ミニシアター シネモンドで観てきました。

  【急に具合が悪くなる】 上映時間 3時間16分

 

介護施設で 理想の介護の在り方を探求するマリー・ルーと

独創的な演劇の演出家でステージIVのがん患者である真理。

同じ名前を持った二人が偶然に出会い、友情を超える絆で結ぶ物語。

原作に流れるエッセンス 「自分たちを取り巻く社会」 「この世界で生きること」が

描かれていた。

主演は国際的に活躍する俳優、マリー・ルー役にヴィルジニー・エフィラ

   真理役に岡本多緒

   さらに、長塚京三

監督 濱口竜介

                     ーパンフレットより抜粋ー

 

 

現代社会への問いかけ

医療や ケアーの現場における(しんどさ)の本質を言語化しており、

ただの闘病ドラマでは ありませんでした。

 

マリー・ルーは介護施設のディレクター

認知症の患者を人として当たり前に尊重しようとするマリー・ルー。

 

余命宣告をされながらも 新しい舞台づくりに挑戦し続ける真理。

 

マリー・ルーが 路面電車の中から ふと窓を見ると 列車の横を全力で並走する

青年を見かけ 何事かと思い 列車を降りた。

知的障がいをもっているらしいアジア人青年と出会ったフランス人看護師マリー・ルー 

小雨が降り始め 彼女は彼の保護者が来るのを待つ間 二人で大きな木の下で一緒に雨宿りをする景色は

「よいケアーとは どういうことか」という問いかけのように思えた。

 

迎えに来たのは 舞台監督をする真理。

マリーは 真理から ひとり芝居に誘われ 観に行く。

ひとり芝居の上演中に演者(長塚京三)の孫で自閉症の孫も壇上へ招き入れ

(一緒に雨宿りをした青年でした)

舞台と客席 演じる者と観る者という境界線を越えようとする企画だったようです。

 

ユマニチュードは

フランス発祥のコミニケションに基づいたケアー療法とのこと。

 

マリーと真理の

自分が見ている世界だけでは生きられない でもお互いに見えている世界は

想像できる・・・

そんな二人の思い 現実 は、語りの中から伝わってきました。

 

後半

マリーが働く介護施設のシーンでは・・・

真理は、余命宣告をされながらも 新しい舞台づくりに挑戦し続ける~

 マリーの計らいで その施設で暮らすようになる。

 

木漏れ日が 気持ちいい ある日

「自由の庭」でユマニチュード、

お互いに 足などをマッサージしながら身体接触をとうして次第にみんなが

溶け合うシーンに、自閉症の青年が声を出しながら 駆け巡るシーンもまた自然で・・

彼の存在が大きいと 私は、思いました。

 

この作品は

【人は弱ったときに どう扱われたいか】という

最も普遍的なテーマだと 思いました。

 

  

* 7月20日

メディカル オーケストラ金沢公演があり 

友人とご一緒しました。

(医療に携わっている人たちのオーケストラ)

 

誘ってくださった友人とホールで待ち合わせだったのですが・・・・

すごーい人の行列で、驚きました。

 

   ー調べてみましたー

石川県立音楽堂 コンサートホール

その ホールはパイプオルガンが印象的なクラッシックホールです。

1階 2階 3階席があり  計1560席で   一階は 704席

私と友人は 前のほうに座り 後ろのほうを見てみると ほぼほぼ満席!

2階席 3階席にも観客が~~

ホッとして座り 前の座席に座っている親子さんに 目がとまりました。

高学年であろう少年は、キョロキョロしています。

マー君のママである 私は、直ぐに障がいがあるお子さんだなと思い、心の中で

(楽しんでほしいなー)と思いながら~

昔の私を思い出していました。

私も息子のマー君と一緒にコンサートには出かけました。その時はアーアーと声を出したら、直ぐに会場から出ることができるように、扉の近くに席をとっていました。

その日 そのお母さんも 扉の近くに座っていました。

あーおんなじ気持ちだ・・・と思うと その頃を懐かしく思い出し、そのお母さんの気

持ちを我がことの様に重ね合わせている 自身がいました。

ウルッとなる気持ちを抑えながら・・・。

 

ドビュッシー 夜想曲「祭り」

から 始まり~

ラヴェルのピアノ協奏曲 この曲は、聞き覚えがあり けっこう楽しめました。

休憩~ が終わり 

ベルリオーズの幻想曲 作品14 

は、知らない曲です。友人に訊ねると物語があるんですよ ずいぶん難しい曲だなー 

とのこと・・・

曲の中盤から打楽器 ティンパニー 大太鼓 小太鼓 トライアングルの 連打が

じわーっと続き大きな音量が会場いっぱいに広がりました。

私は心配になった時と ほぼおんなじ時に少年が落ち着きがなくなり~ どうすれば

いいのかなーと 思っている その時に、 少年のお母さんは、手を繋いで扉の方へ

行ったので、ホッとしました。

最後の方の 「ワルプルギスの夜の夢」の頃に 再び先程のお母さんと少年が会場へ

戻ってきて、アンコール曲もしっかり聴いて拍手をされていました。

コンサート終了後 友人と私は、席を立って、その少年に、

(音楽がお好きなんですね!偉かったですね!)と声をかけると友人もおんなじように

声をかけてお話をしていると 隣りに座っているお母さんは、静かに(ありがとう

ありがとうございます。)と 言われました。

 

その日の メディカルオーケストラのお陰でいろいろ思い出し~~

 

帰りに友人と一緒に隣りのホテルでお茶をしたのですが~

友人も又その少年のことが 気がかりだったことを話していました。

その友人が仰るには、

パンやさんをしていた頃 共通の友達と一緒に来られ マー君に会ってから、時折

障がいのひとに お会いすると、気になり 何か できることは? と思うようになっ

たと話されていました。

お会いしてから30年以上たつのですが、そんな話は初めてでした。

2時間ほど たっぷり いろんな話をできたことは 豊かな想いに浸れた時でもありました。

 

 

* マー君の成人祝いにヴァイオリンを弾いてくださった方に

  メディカルオーケストラへ 誘ってもらったのです。

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* 我が家のベランダの鉢植え ハーブ いろいろ・・・

 

* 偶然に 映画 ・ コンサート で 障がいのある青年 少年との出逢いがあり、

  こころ温かくなったそんな時に・・・

 

 * 新聞には

相模原市の障がい者施設 

津久井やまゆり園事件から10年  

すべての命を尊重する社会へ

という 記事が掲載されていました。

あの当時のことが思い出されます。

 

命に優劣をつける。

優生思想が、社会に根強く残っていることを 鋭くあぶりだしたそんな事件でした。

 

国連のSDGs「誰一人 取り残さない社会」の理念に異を唱える人は少ない。

その陰で 障がい者への虐待は増えているようです。

この記事を読んで 辛くなりますが、この現実をどのように受け止めればいいのでしょうか❓

 

 

* 世之介が 長崎で従兄に話す言葉が心に響いたことを思い出します。

  世之介が 障害のある子どもとの接し方を話すのですが・・・
  その言葉に「グッと心をつかまれました」

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* 長々と読んでくださり ありがとうございました。

  

  

 

 

 

からす たろう (やしまたろう 文・絵)

八島太郎(本名・岩松淳)

1908年 鹿児島県に生まれる。

 

軍事訓練を拒否して東京美術学校(現・芸大)を退学。

日本プロレタリア美術家同盟に参加し、美術研究所の講師を勤めたり、風刺漫画を描く。

1939年渡米。

戦後、故国での体験に基づいた絵本『村の樹』 『道草いっぱい』 『からすたろう』等を

アメリカの出版社から発表。

 

 

偕成社から

1979年 5月 1刷  1986年 10月には 20刷 

 

『からすたろう』

 学校になじめず孤立していた少年が一人の教師(いそべ先生)

 との出会いによって、

 自分の居場所を見つけ 周囲の理解を得ていく姿を

 描いた絵本です。

 

『からすたろう』の要約

山から遠い道のりを歩いて通う男の子(ちび)

 

ちびは 学校に入学した初日からみんなについていけず、暗い机の下や教室の隅に

隠れて過ごすようになります。

授業中も先生や友達から無視され、ひとりぼっちのまま5年という長い歳月が流れていきました。

その間 ちびは耳をすまして、様々な音を聞いたり、壁の木目を見つめたりして孤独の

時間を過ごしていました。

 

 

ちびが6年生になった時 新しく赴任してきた(いそべ先生)だけは違いました。

先生は、ちびが野生の植物や動物に詳しいことや 毎日遠い山奥から誰よりも早く

登校していることに気づきます。

先生は、ちびの独自の感性を認め 少しずつ心を通わせていきました。

 

 

ときどき 先生は、まわりに だれもいないとき、ちびとふたりだけで

はなしを することが ありました。

 

 

 

小学校生活最後の学芸会の日

いそべ先生は、ちびを舞台の上に立たせます。

周囲は「あの あほうが何をするんだ」と冷ややかな目を向ける中、

ちびが 披露したのは「烏(カラス)の鳴き声」でした。

・ 生まれたばかりの赤ちゃんの声

・ お母さん お父さんのカラスの声

・ 楽しそうな声や不吉なことが起きた時の声

 

ちびが 毎日山を行き来する中で聞き続けてきた 本物そっくりのカラスの鳴き声に

会場の誰もが圧倒されました。

 

 

ちびが最後に披露した

「古い木に とまっているカラスの寂しい声」を聞いた時

会場の人々は ちびが どれほど孤独で、どれほど遠い山奥から

毎日 健気に通い続けていたのかを初めて理解します。

今までの 自分たちの無知と残酷さを恥じ 涙を流しました。

 

 

そのあと まもなく、卒業式の日が やってきました。

ちびは、六年の あいだ、一日も 休まなかったので、クラスで たった ひとり、

「かいきんしょう」を もらいました。

 

 

それ以降 ちびは誰からもバカにされることはなくなり、 敬愛を込めて

『からすたろう』と呼ばれるようになったのです。

 

 

卒業のあと 子供たちは、ときどき、いえの ようたしに、町にでてきました。

 

ちびも 家族と一緒に やいた 炭を売りに、ときたま 町へやってきました。

しかし

もう だれも、(ちび)なんて 呼びませんでした。

みんな、『からすたろう』と呼びました。

【やあ、からすたろう!】

すると からすたろうは、その名前が気に入ったように うなずいては、ほほえむのでした。

おとなになりかけた 肩を 自慢げにはって、遠い山の家に帰ってゆくのでした。

 

 

 

    この絵本の 最後のページには

この絵本を 磯長武雄、上田三芳の 恩師に ささげる

ー この物語に登場するいそべ先生は、この恩師二人の

  想い出をあわせて つくったものである。磯長先生は、支那事変の上海上陸戦で

  いち早く戦死され、上田先生は80歳を超えて今なおご健在ときくが、当時はまだ

  20歳をいくらも出ていない若い先生であった。

                 1979年 3月12日

                         八島太郎

 

 

ー 1979年 3月 20日

阿川弘之氏から

日本の心象風景を 幻想的に世界に通じるかたちで表現した絵本『からすたろう』の

日本語版がでるときき、心から喜んでいる。(要約)

と記されています。

 

 

  

                      この絵本は

      雑木林文庫を開く前から 我が家の本棚にあり

      よーく紹介した 絵本です。

      人と人との出会いが、その後の人生を大きく左右することを改めて
      感じながら~再び読みました。

      関わる人の人格を受け止める姿勢を持ち続けることの大切さと意義を

      教えられました。

 

 

ONE PERSON・ONE POWER  映画『マイケル』

 * 6月19日 (金)20~21時

 平和憲法を守るための緊急アクションが金沢駅西イベント広場にて・・・

 参加してきました。

 持って行った手提げ袋には、小さな布切れに描かれた

 ONE PERSON・ONE POWER(ひとりにはひとりぶんの力がある)

 

このメッセージを提唱したのは 日本のヒップホップを牽引したラッパー

(イー・シー・ディー)さん(石田義則氏)が残した言葉であり、思想です。

 

 

個人の自立

大きな組織や世間の流れにただ流されるのではなく、一人ひとりの人間が確固たる力

(意思 表現 行動力)を表しています。 

(どうして 無力だと思いたがるのか) への強いアンチテーゼです。 

                             Googleから

 

* この小さな布切れのメッセージは、

  5月末に 若いご夫婦がおいでくださり、その時に頂いた布切れです。

 

昨晩の平和憲法を守るための緊急アクションにもお二人で来られました。

仕事が終わってから~能美市から来られたのです。

ラインには (この子らが戦争に巻き込まれることがないように、お母さんはデモに行

       こう!!と私も決心しました。)と連絡がありました。

 

6月19日(金)イベント広場にて

お二人にこの手提げ袋を見せて・・・お互いに ニッコリ( ^ω^)・・・。

 

 

緊急アクションには、大学生を始め 若い方が次々に

平和憲法を守るためにアクションをしている市民として、 

今気になっていること・・・ 

心配なことを語ってくれたことを共有できたこと・・・は、

心のモヤモヤを少しずつ分け合う機会でもありました。

 

極め付けは、

水野スウさんのメッセージ!

みんなの前で マエソラ(日本国憲法前文)をそらんじてくれました。

始める前にミニ解説を付けてから~

【この国の憲法は 

 自分の国だけが良ければ いいっていう独りよがり憲法ではない】と

 

日本国憲法前文を聞いてから、手を挙げて語った若い女性は、スウさんの

メッセージを聞いて涙がにじんできました。・・・と 語ってくれました。

思いは、つながり 心の深いところに届くんですね。

1時間で解散 

解散後 自然と集まった人たちと喋れたことは、次回も又という気持ちに

つながりました。

 

 

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* 6月17日  映画『マイケル』を観てきました。

 

 

* 久々に のんちさんのブログ

  『マイケル』に元気をもらってきたよ。

 

 拝読すると~

元気が湧いてまいりました。

最後のほうでは 相棒ちゃんとノリノリになってしまった。

と書かれてあったのと、いつも行っている美容院の美容師さんが映画好きで、

映画『マイケル』のことを話していたこと そして、 近くの映画館での上映という

ことが 背中を押してくれました。

 

      マイケル・ジャクソンが活躍していた頃はマー君を育てることだけで

      精一杯だったので~

      興味を持たずに過ごしてきたのです。したがって・・・

      映画も関心が薄かったのですが・・・

      背中を押されたおかげで、

      観に行きくことができました。

 

 

感想は・・・

歌とダンスシーンは、すごかったです。

スクリーンいっぱいのマイケル(マイケル・ジャクソンの甥 ジャファー・ジャクソン)

に釘付けになりました。

観てきて よかった!!

私も 元気が湧いてきました!!

 

 

 

 

子ども提灯行列に参加した時の写真と       昨日 6月6日の百万石行列!

* 何年前でしょうか?

  小学部 低学年の頃ですね。

        その頃 住んでいた平和町の子供会での行事には、よーく参加していたのですが

  提灯行列は特別でした。

  提灯に灯りをつけて、 たくさんの子供たちと一緒に町内を練り歩くんです・・・

  写真を見ると、厚手のタイツに法被の下には長袖のトレーナー 豆絞りの手ぬぐい

  その頃は、今のように暑くはなかったようです。

  提灯は私が持っています。

  懐かしい!

  

 

     * 6月6日の新聞には( ^ω^)・・・。

 

 

    *2026・6・6   

  第75回金沢百万石まつりのメイン行事 

  前田利家による1583(天正11)年の金沢城入城を再現した百万石行列。

  行列には昨年と同規模の2500人が参加。 

                      新聞の記事よりー

 

     * 金沢駅東広場前で出発式があり、太鼓の演奏で開幕。

      (近くへ寄れないのと、スマホでは、こんな写真は撮れません)

      テレビから・・・。

      太鼓の力強い響きは素晴らしく、

      空気の振動を感じるくらいです。

 

 

 

 

 

 

* 前田利家役の大東俊介さんは 大河ドラマの衣装で、

 「いざ、出立じゃ」と号令をかけて馬にまたがり、終点の金沢城公園に向かいました

 まつ役は菅井由香さん お二人は、大河ドラマ「豊臣兄弟」で利家とまつをを演じて   

 います。

 

*【私たちは能登を応援しています】と書かれた横断幕を掲げる先導隊に続き

 音楽パレード や 獅子舞い、加賀とびなどが続きました。

 

  毎年 

* 獅子舞は 沿道の人たち とりわけ子供たちを笑顔と共に怖くてお母さんに

  しがみつく小さいお子さんの姿に周りの人たちの笑顔も誘ってくれます。

 

* 加賀とびはしご登りは

 今まで 金沢駅前での妙技を披露しなかったのですが、今年は、金沢駅前でも・・・

 近くに住んでいながら、早くから 沿道近くで見物されている方が多くマンションの

 上階から見ることになりました。

 49分団 450人が参加! とのこと・・・

 

団員が梯子に駆け上がり 足を引っかけて両手を離したり、身体を横向きにしたりする

技を次々と決めると 歓声や拍手が 上のほうにも聞こえました。

同じマンションにお住まいの方と一緒に拍手をしながら 遠いながらも臨場感は感じる

ねーと言いながらの見物になりました。

* 加賀とびはしご登りはお勧めです。

* 来年はぜひ近くで( ^ω^)・・・みたい!

 

    写真は今朝の新聞よりー

 

 

 

* 百万石行列の最後は 午後4時頃

  輪島塗があしらわれた高さ7・5メートルの富来のキリコが金沢駅前を出発。

  毎年8月の最終週に富来地域で開かれる「富来八朔祭礼」でキリコで、太鼓と

  かねの音色。                  中日新聞記事より

 

 

* 同じマンションの一階に「松陰高等学校 金沢校」が2年ほど前に開校したので 

  す。

  その学校の入り口には こんなメッセージが表示されていました。

  生徒さんの気持ちが温かく 伝わります。

 

 

 

* 地元の仲間  金沢で再会したそうです。

  

  能登に こんな素晴らしい祭りがあるんですね 始めて見ました。

  力強さが 見ているほうまで伝わってきました。

  写真を見てもらえば わかると思いますが~

  足元が力強くて リズミカル しっかりした身体つき そして顔つきが いい!

  この 立派なキリコを 担ぐにふさわしい青年たちでした。

  この青年たちから 元気 を もらいました。

  百万石行列で見れたこと・感動したこと・ それは 立派なキリコはもとより、

  それらに携わった人達・若者たちに想いをはせながら~見とれてしまいました。

                            感謝!!

 

 

 



 

 

 

 

* キリコとともに歩き、力強い太鼓の音を響かせた「富来八幡太鼓保存会」

  会長の小山正男さん(67)は「能登にこんな祭りがあると感じてもらい、ぜひ

  本来の祭りにも来てほしい」と期待した。

  富来地頭区の坂野満区長(72)はまつりが終わった後、参加者と固い握手を交わ

  した。

  「言葉が出ない、最高。来たかいがあった」と充実した表情を浮かべた。

                     中日新聞の記事を要約して・・・

 

 

          まつり実行委員会によると、沿道には昨年より1万人多い

          約42万人が詰めかけた。と。

                      新聞記事より・・・

 

 

      * 菩提寺に咲いていた紫陽花。

        一枝 いただいてきました。

 

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2026年 5月の備忘録(書画展・映画・写真展・装飾美術・アンデパンダン展)

 

* バカボンのパパの言葉

 

  それでいいのだ  それでいいのだ

  わしはリタイヤしたのだ 全ての心配からリタイヤしたのだ

  ~~

  これでいいのだ

  やっぱりこれでいいのだ

 

と 思いたいのですが~ そうはいかない昨今です。

 

 5月22日~25日まで

能登半島地震復興支援祈念

日本近代文人の書と画 が金沢別院 金沢真宗会館で開催されていました。

たくさんの作品の中から・・・

 

・バカボンのパパの言葉

  と

・室生犀星詩『ふるさと』

  の 二点だけ載せました。

 

 

* 室生犀星詩を 書かれたやすこさんは 

  建設会社に勤務しながら、書道を習い 子供たちにも教えています。

  マー君が赤ちゃんのころ

  宿舎のお隣に住んでいた姉妹は(その当時のやすこさんは小学生でした。)

  時折遊びに来て・・・マー君の枕もとで 可愛いね 可愛いね・・・といつも

  言ってくれたことを懐かしく うれしく思い出します。

  お姉ちゃんは、高校生で今は大阪に住んでいます。

  そんな出会いの始まりは ほぼほぼ50年前~~

  今も たまーに会います。 今回のような書画展のお知らせは嬉しいもんです。

 

 

* 5月9日 映画 LOST LANDO (ロストランド)を見た。

 

 

* 迫害されている ロヒンギャ民族のことを 知らない自分にぶち当たりました。

 

   Googleには  国籍を剝奪 

  1982年ミャンマー国籍法により「不法移民」とみなされ 正規の国籍を奪われ

  た。と 書いてありました。

            

 

映画 ロストランドは  

故郷を追われた幼い姉弟が、家族との再会を願い命がけで国境を超えるー。

ドキュメンタリーと見紛う圧倒的なリアリティーで描く衝撃作 とパンフレットには

書かれてありましたが~

感情移入が難しかったです。ただ過酷な状況下で笑って遊ぶ(だるまさんがころんだ

は、日本の子供たちが遊ぶそれと 似たような・・・遊びでした。)

その姿に、ホッとしたことが思い出されます。

 

       世界は不条理なことが なんと多いことか~。

       桁違いの不安定さ・・・

       自分の気持ちを整理できない映画でした。

 

 

*  5月20日  石川県立美術館

  

 

* 写真集を購入した。

写真家・富山恵美子氏が15年以上にわたり撮り続けたポートレートとともに、絵画や関連資料が紹介してあります。

富山恵美子の文章から~

1971年2月から スペインのマドリッドで二人の生活が始まり、鴨居が世を去るまでの写真を撮ることになります。

ある日、鴨居はこういいました。

「これからは私だけを撮り続けてもらえないだろうか。もし、

私に才能がなく認められずに死んでいったとしても一人の画家の一生、

もし、私が認められる作家になれば、それもまた一人の画家。

どちらになるにしても撮り続けてもらえるだろうか?」と

 

絵のテーマが重く暗いので、本人も暗いと思われがちですが、 やんちゃでした。

二人で過ごした時間は実に楽しかったです。

自分の仕事には非常に厳しく、常にデッサンをしていました。

 

撮り続けた写真が、鴨居のドキュメントとなり、それがそのまま私の作品となりました。

    

                            ー 要約 ー

 

* 鴨居の顔を持つ道化師のこの絵は、ずいぶん前に見て 印象に残っていました。

  没後40年の鴨居玲展では作品展示はありませんでした。

  今回の(写真の中の鴨居玲)では・・・

  ひさしぶりに ~

  出を待つ(道化師)を見たときは 小躍りするくらいの気持ちの高ぶりがありまし

  た。

  一人 美術館で ・・・じっーと佇んだり、ベンチに座ったりしながら

  見入ってきたので 撮影禁止 ということもあり・・・

  ブログに載せなかったのです。が・・・ 

  最近読んでみて やっぱり物足りなくて、写真集からアップして載せました。

   (1984 油彩 116・7×72・7 個人蔵)

  備忘録だからいいだろうと思いながらの 追加です。(笑)

 

 

* 5月20日  国立工芸館

  

  同じマンションにお住まいの方から頂いたチケットです。

* ルネ・ラリック展は非日常の世界へと導いてくれました。

  

 

  * たくさんの作品の中から・・・

               ドーム兄弟とエミール・ガレの作品二点の紹介。

 

    写真や映像ではない 実物を見るとやはり見入ってしまいました。

    チケットをくださった方に感謝!!

 

 

* 5月28日 アンデパンダン展

  パンやのお客さんは、毎年出品されていて・・・

  21世紀美術館は、改装に伴う工事が行われるのでしばらくは開催されないので

  どうですか? とお誘いがありました。

  作品はもとより お客さんにもお会いしたくて早めに出かけ ゆっくりと
  見て周りました。

  どの作品も力作揃いでした。

 

* アンデパンダン展の歴史と意味

  アンデパンダン展は、19世紀の後半に、フランスで始まった美術展。 

  (フランス語のアンデパンダンは「独立的」の意味)から名称を借りています。

  アカデミズムの権威主義に従わない美術家の集まりです。

  セザンヌやボナールなど多くの著名な近代作家が この展覧会の出身者だそうです

 

以前住んでいた能美市で雑木林のパンやさんを開いていたころ、宮田耕二氏の作品絵画

展のお知らせが届いたので、

マー君も一緒に出かけ、買い求めた『窓辺の花』です。

   宮田 耕二氏の作品!

 

* 【宮田耕二 画集】には

  宮田耕二は「水彩画の達人」と

  滝平二郎氏(版画家・きりえ作家)は、心底本気でそう思っていると 

  書かれてありました。

  

 

 

 

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