【 雑木林のパンやさん】 物語

雑木林のパンやさんは、火曜日と木曜日は14年間、土曜日のみは3年間営業していました。17年間、たくさんのお客様に来ていただき、2008年6月末に閉店しました。

【無言館】 館主のご挨拶

あなたを知らない

 

遠い見知らぬ異国で死んだ画学生よ

私は あなたを知らない

知っているのは あなたの遺したたった一枚の絵だ

 

あなたの絵は朱い血の色でそまっているが

それは、人の身体を流れる血ではなく

あなたが別れた祖国のあのふるさとの夕焼け色

あなたの胸をそめている父や母の愛の色だ

 

どうか恨まないでほしい

どうか咽かないでほしい

愚かな私たちが あなたが あれほど私たちに告げたかった言葉に

今 ようやく五十年も、経ってたどりついたことを

 

どうか 許してほしい

五十年を生きた私達のだれもが

これまで一度として

あなたの絵のせつない叫びに耳を傾けなかったことを

 

遠い見知らぬ 異国で死んだ画学生よ

私はあなたを知らない

知っているのはあなたが遺した たった一枚の絵だ

その絵に刻まれたかけがえのない あなたの生命の時間だけだ

 

         窪島誠一郎  1997年5月2日

                 『無言館』 開館の日に